第2回 目標はグループ全体の経営管理基盤
日本オラクル
アプリケーションビジネス推進本部 ディレクター
After J-SOX研究会運営委員
桜本 利幸
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090716/333986/?ST=management
経済のグローバル化によって企業活動は複雑になり,様々なリスクが増大している。そうした環境の中,国際会計基準(IFRS:International Financial Reporting Standards,国際財務報告基準ともいう)への対応はどのような意味を持つのだろうか。
資本市場からみれば,グローバルで会計処理と開示のルールを統一し,企業グループ全体の価値を測る物差しを一つにしようとする意味合いを持つ。一方,企業の視点では,グループ経営管理の高度化に迫られることにほかならない。
したがって,IFRSへの対応は決算書の化粧直しで済むものではない。業務が変わる。経営も変わる。しかも,その衝撃は個社にとどまらずグループ企業全体に及ぶのだ。情報システムへの影響をみても,会計システムの修正にとどまらない。グループ経営管理基盤としての情報システムのあり方を大きく変える必要が生じる。
この連載では5回にわたり,IFRSの導入が企業の情報システムにどのような影響を与えるのかを中心に解説している。第2回にあたる今回は,IFRSが既存の情報システムの構造にどのような影響を与えるのか,企業グループ全体のITのあり方をどのように考え,これから何をすべきかを提言する。
環境変化に素早く対応,グループ全体最適の視点をもつ
企業がIFRSに対応する際に影響を受ける情報システムは,会計システムに限らない。購買システムや販売システムをはじめ,会計システムと連携して会計データをやり取りする関連業務システムも大きな影響を受ける。
これらのシステムは,会計を取り巻く大きな環境変化に追従できなければならない。IFRSに加えて,四半期レビューやJ-SOX(日本版SOX法:財務報告にかかる内部統制),財務情報を開示するために標準化した言語であるXBRLなど新たな制度に対応する必要がある。
一方で,業績管理や予算管理,戦略策定など経営側の作業は,経済環境の目まぐるしい変化や企業間競争の激化とともに予測や予想の難易度が高くなり,複雑化・高度化の一途をたどっている。会計システムや関連業務システムは正確な情報をいち早く提供し,これらの作業を効率化する役割も求められている。
新たな要請に応える情報システムを考える際には,2つの視点から全体最適を目指すことが大切だ。2つの視点とは,セキュリティやデータ・マネジメントといった「テクノロジの視点」と,会計や購買,在庫,生産管理,人事管理,顧客管理,業績管理といった「業務アプリケーションの視点」である。
これら2つの視点から,情報システムをグループ全体最適の視点で設計・構築し,運用する必要がある。そのためには,各アプリケーションに必要なデータを一元管理する,セキュリティを確保する,異なる基盤のシステムをSOA(サービス指向アーキテクチャ)に基づいて連携させる,などを考えなければならない。
現状の基幹業務システムの多くは,IFRS対応に必要な要件を満たしているかどうかを考える以前に,経営を取り巻く環境変化に追従できる構造になっていない,アプリケーションを個別企業の視点で作っており全体最適の視点に欠ける,といった問題がある。IFRSに備えて,必要な要件を満たす機能と性能を備える会計を中心とする基幹業務システムを,グループ全体で連携・統合する必要があるのだ。
社内外の情報を生かし,経営管理の高度化が求められる
いま挙げた情報システムの目指すべき方向は,ERP(統合基幹業務システム)パッケージがこれまで進んできた道のりとほぼ一致している。ERPパッケージが日本で急速に普及した1990年代後半から現在までの10年で,会計制度の変更や経済および経営のグローバル化に伴う様々な要請に応える機能を追加してきた。
IFRS対応に必要な機能はその1つだ。特に海外製ERPパッケージは,複数の会計基準に対応するための複数帳簿・複数仕訳生成機能,多通貨機能,セグメント報告に必要な財管一致勘定科目体系,さらに工事進行基準や収益認識,金融商品などに対応するための機能を取り込んできた。内部統制やグループ経営管理といった経営要件に対応するための機能も追加している。
先ほど触れたテクノロジの視点と業務アプリケーションの視点からの全体最適についても,ERPパッケージは先行して取り組んできた。テクノロジ面では,数百を超える子会社や関係会社が1つの標準システムで運用したり,SOAに基づいて既存システムと連携できるように機能や性能を強化した。業務アプリケーション面では,会計ならグローバル資金管理や固定資産管理,プロジェクト管理など企業に共通して必要となると思われる機能を追加してきた。
こうしたERPパッケージや関連業務システムを利用すると,業務プロセスの自動化や改善,標準化を進めることができる。それが「オペレーショナル・エクセレンス」につながってきた。業務(オペレーション)を効率化し,品質を高め,コストを低減して優秀(エクセレンス)なものにしてきたのである。
だが,単に業務を優秀にしただけでは,企業の持続的な成長は見込めない。経済が成熟し変化のスピードが速い経営環境下では,「マネジメント・エクセレンス」,すなわち卓越(エクセレンス)した経営(マネジメント)が欠かせないのだ。
マネジメント・エクセレンスとは,伝統的な管理会計や経営管理の枠を越えて,より迅速に経営判断と戦略実行を進めることを指す。従来の経営管理は予算の策定,業務の遂行,結果の報告といった業務が中心だった。これらは,基本的に企業内部の情報を扱うことで遂行できる。
しかし,今必要なのは社内の情報だけでなく,企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)や市場,競合他社の状況といった外部環境に関する情報を把握し,経営管理に生かすことだ。中長期的に経営資源をどのように配分・投資するかを踏まえつつ,M&A(合併・買収)をはじめとする事業ポートフォリオ最適化のためのビジネスモデリング(複数シナリオ分析)を実施する。その結果を基に,事業計画や年間の予算編成を立てる。さらに実績をタイムリーに把握して,事業セグメント別に予算と比較分析し,次の戦略へとつなげる。ごれが目指すべきマネジメント・エクセレンスの姿だ。
マネジメント・エクセレンスの実現には,これまで以上に新鮮な情報や精度の高い分析,正確な予測が必要になる。それをITで支援するのがEPM(エンタープライズ・パフォーマンス・マネジメント)である。
EPMの実現を支援するEPMツールは,シナリオ分析,予算編成/管理,統計解析,バランス・スコアカードやABC(活動基準原価計算)/ABM(活動基準管理)といったグループ経営管理に必要な機能を備えている。これらの機能を使って,一連のプロセスをスピーディに実行できる。マネジメント・エクセレンスを実現するには,EPMツールが不可欠と言ってよい。
話題がIFRS対応からずいぶん離れてしまったという印象を抱くかもしれないが,決してそうではない。要は,IFRSを単なる制度対応と考えるべきではないということだ。グループ全体でIFRSという共通プロトコルができる以上,それを生かさない手はない。その効果をもっとも引き出すのは,EPMによる経営管理の高度化なのである。
ERPとEPMでIFRSへの要件を網羅できる
ではERPとEPMで,IFRS対応ひいては経営管理の高度化に必要な要件をどれだけ網羅しているのだろうか。それを示したのが図1である。
図1●ERPとEPMによるIFRS要件に対する網羅性
[画像のクリックで拡大表示]
図を見ればわかるように,ERPとEPMを併用すると必要な要件をほぼカバーできる。
そもそもERPは「エンタープライズ・リソース・マネジメント」の略であり,「人」「もの」「お金」といった経営資源の情報を一元管理することを目的している。ERPパッケージを使うことで,業務を処理しつつ全世界のグループ全体からリアルタイムで正確なデータを収集し,一元管理できる。
一方,EPMは「エンタープライズ・パフォーマンス・マネジメント」の略で,次の「打ち手」のために経営情報を分析し,マネジメントや経営の意思決定を支援することを目的とする。
IFRSへの対応では,EPMツールを生かせる場面は少なくない。セグメント報告の際は細かい粒度での分析が,のれん代を見積もる際にはシミュレーションがそれぞれ必要になる。ほかにも,事業を統合・売却するときに企業価値をシミュレーションしたり,事業計画や予算を策定する際にもEPMを活用する。
このERPとEPMを組み合わせて利用すると,効果がさらに上がることが期待できる。IFRS要件に網羅的に対応すると同時に,経営の要請にも応えることができるからだ。「ERP X EPM = グループ経営管理基盤」という方程式が成り立つのである。
最近のERPパッケージはEPMの機能を備えていたり,他のEPMツールと連携できるケースが多い。ERPのデータをEPMで分析,加工,シミュレーション,レポーティングして意思決定に生かす。逆にEPMで作成した予算をERPに戻し,ERPで予算統制を実施する,といったことがすでに可能だ。
SOAで会計データ収集の壁を乗り越える
現実にはグループ全体で「一つのERP」という形をとるのが困難な場合も多い。そうなると,異なるERPパッケージやレガシーシステムが混在することになる。それでもIFRSに対応するためには,既存システムに極力インパクトを与えずに,会計データを統合しなければならない。
こうした場合に役立つのがSOA(サービス指向アーキテクチャ)だ。SOAは業務にとって意味のある単位でデータや機能を「サービス」としてまとめ,その組み合わせでアプリケーションを実現する考え方を指す。これにより,異なるシステム同士を疎結合で組み合わせて利用できる。
先ほどのERPとERMにSOAを組み合わせたイメージを図2に示す。
図2●ERPとERMにSOAを組み合わせたIFRS対応アーキテクチャ
[画像のクリックで拡大表示]
図に沿って説明していく。取引を処理する情報システムがそれぞれ異なるルールで会計処理,仕訳をしている場合,会計データの統合は困難になる。その場合の現実的な解決策は,(1)既存システムからコアERPに会計データを集める,(2)コアERPが持つ複数仕訳生成機能を使って,IFRSを含む複数の会計基準に沿った仕訳を生成する,というものだろう。
コアERPはIRFSに対応する元帳を保持し,IFRS対応の連結財務諸表を作成する。既存システムとは,海外販売拠点のERPパッケージや国内工場のメインフレーム(汎用機)で稼働する独自開発のアプリケーションなどである。
多くの場合,企業は既存システムを異なるプラットフォーム(基盤)上に作っている。通信プロトコルやファイル形式も異なり,データ項目はコアERPのデータ項目とずれがある。コアERPに会計データを集めるには,こうした違いを越えてデータを抽出する必要がある。
既存システムそれぞれのデータ項目をコアERPのデータ項目へと変換するプログラムを作成して対処することもできる。しかし,このやり方では既存システム,コアERPのいずれに変更が生じるたびに,プログラムを書き直さなければならず,維持管理に労力とコストがかかる。
SOAの考え方を使えば,個別プログラムで対応する場合よりもずっと労力が小さくなる。既存システムをそれぞれサービスとみなし,ESB(エンタープライズ・サービス・バス)のような“仲介役”となる製品を利用してそれぞれのサービスを連携し,データ抽出や変換を自動化する。こうすることで,異なる既存システムで管理している個社の会計データや経営の意思決定に必要な情報をコアERPに統合し,EPMにより有効活用するグループ経営基盤が構築できる。
SOAに基づく構成(アーキテクチャ)をとると,要件の変更に対応しやすく,システム運用も効率化できる。内部統制の向上にも寄与する。処理を自動で実行するので,データ改ざんの余地をなくすからである。
◇ ◇ ◇
会計ビッグバン,2000年問題から10年。会計システムは今まさに「守り」から「攻め」への抜本的な転換が求められる。IFRSへの対応は,その大きなきっかけをもたらす。
新たな会計システムでカギとなるのが,今回説明した(ERP×EPM)+SOAという方程式だ。「SOA」で異なるシステム基盤の会計データを連携しつつ,「ERP」にすべての会計データを統合し,「EPM」で会計データを分析して,次の一手を打つ。IFRSは,こうした全世界のグループ全体での経営管理IT基盤を構築する契機となる。
今後,経済のグローバル化はより進み,ビジネスの複雑さは増し,リスクは増加するのは間違いない。そのときに,IFRS対応をきっかけとした新たな経営管理IT基盤を構築できるかどうかが成否を分ける可能性が高い。
桜本 利幸(さくらもと としゆき)
日本オラクル
アプリケーションビジネス推進本部 ディレクター
公認システム監査人/ITコーディネーター/日本CFO協会主任研究員/法政大学大学院兼任講師
After J-SOX研究会運営委員
都市銀行から,1998年に日本オラクルへ入社。会計,財務,資金,経営管理分野を中心としたERP導入による経営改革,BPRのコンサルタント,導入プロジェクトマネージャー,ERPプロダクツマーケティングを担当。現在はIFRS対応,グローバル・キャッシュ・マネジメントといった会計に関するテーマはもちろん,内部統制,ガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)やエンタープライズ・パフォーマンス・マネジメント(EPM)など会計関連ソリューションのビジネス開発,推進に携わる。
<<前ページ 1 2
[2009/07/21]
スポンサードリンク