第1回 多岐にわたるIFRS導入の影響
アビームコンサルティング
プロセス&テクノロジー事業部FMCセクター
IFRS Initiative事務局 シニアコンサルタント
After J-SOX研究会会員
池田 将光
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090608/331411/
国際会計基準(IFRS:International Financial Reporting Standards,国際財務報告基準ともいう)は,日本版SOX法 (J-SOX)以降の大きなテーマのひとつである。この連載では今回から5回にわたり,IFRSの導入が企業の情報システムにどのような影響を与えるのかを中心に解説していく。
執筆は,J-SOX対応後の企業経営を考える非営利団体であるAfter J-SOX研究会のメンバーがリレー形式で担当する。今回は総論として,IFRSの概要に加えて,IFRSが企業の経営や業務,さらに情報システムに与えるインパクトの全体像を概観する。
グローバル・スタンダードとして定着
IFRSとは何かについては,すでに様々な説明があるが,念のため,その内容や意義に簡単に触れておこう。
IFRSは,IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が作成する会計ルールの総称である。公開企業に対してIFRSの適用を義務づける,あるいは適用を認めているのは100カ国以上にのぼる。すでに国際的な会計ルールのグローバル・スタンダードとなっているといえる。
IFRSに対する支持が拡大してきた背景には,以下の3つの出来事が挙げられる。
・ 証券規制の国際的調和と各国の規制当局間の協調を図るために設立された国際組織(IOSCO)が支持を表明した
・アメリカの会計基準設定主体であるFASB(Financial Accounting Standards Board :米財務会計基準審議会)とIASBとの間で覚書を交換(ノーウォーク合意),世界の2大会計基準とも言われる米国会計基準とIFRSの中長期的な統合に向けて,会計基準の質の高い収斂(コンバージェンス)を目指すことになった
・EUが2005年からIFRSの強制適用(アドプションまたはアダプション)を開始した
世界3大市場のひとつを抱える日本でも,会計の国際化の波に乗り遅れないようにするために,IFRS対応に向けた活動が進行している。金融庁は2009年2月4日に「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」(以下,「中間報告(案)」とする)を報告した。そこでは,IFRSの任意適用を2010年3月期より開始とし,早ければ2015年3月期からの強制適用を想定している。
日本企業が国際社会からの信頼を得るためには,グローバル・スタンダードの会計基準であるIFRSによる財務報告が今後必須となる可能性が高い。もはやIFRSを適用するかどうかではなく,いつからIFRS導入に取り組むのかを議論する段階に来ているといえよう。
IFRSの導入により得られる利点は多い。IFRS基準で財務諸表を作成しておくと,各国の投資家は企業間比較が容易になる。企業側にとっては,各国の資本市場で理解を得やすく,グローバルな資金調達が可能になるというメリットがある。より有利な市場で資金を調達すれば,資金調達コストの低減につながる。
グループ企業の会計基準をIFRSで統一することで,多国籍にわたる企業活動の経営管理基盤を標準化し,内部統制やリスクマネジメントの手法を統一するための基盤も作りやすくなる。
会計だけでなく情報システム全体に影響大
IFRSの導入により影響を受けるのは,経理・財務部門に限らない。資産ごとの時価情報を管理する必要が生じたり,データ収集方法を変更しなければならないケースが生じるなど,企業活動の広範な範囲に影響を及ぼす。
当然,情報システムに対する影響も大きい。いまや企業の活動は情報システム抜きでは成り立たないからである。会計システムだけでなく,関連業務を扱うシステムを含めた情報システム全般に少なからずインパクトを与える(図)。
図●IFRSが情報システムに与えるインパクト
会計システムに関する主要な影響としては例えば,複数帳簿保持(複数会計基準またはダブルスタンダード)への対応が挙げられる。金融庁の「中間報告(案)」では,IFRS適用の対象は連結財務諸表であるとしている。個別財務諸表と税務への対応には当面,日本の基準を適用する。
つまり,企業は連結決算にはIFRSを,親会社を含むグループ各社の単体決算では各国の会計基準を採用することになる。このため,企業内で異なる会計基準に対応した複数の帳簿を管理する必要が生じる。
加えて,IFRSでは比較財務諸表の開示が求められており,IFRS導入時期の1会計期間前からIFRSに基づいた開示資料の準備が必要になる。こうしたことから,会計システムの側でも複数帳簿の保持に対応しなければならない。複数帳簿保持については,連載の第3回で説明する。
IFRSへの対応を,グローバルにビジネスを展開する企業が世界中の競合他社と競っていくための好機,ととらえることもできる。企業が有する情報システムを新たな業務プロセスや経営管理手法に適応したものに改善する,といった具合だ。
IFRS導入をグループ経営基盤を再構築する機会とみなし,グローバルかつグループで経営管理のIT基盤を再構築していくケースもあるだろう。経済のグローバル化やビジネスの複雑さに伴って増加するリスクへの対応策といえる。こうしたビジネス強化の視点での情報システムのIFRS対応については,連載の第2回で取り上げる。
IFRSの特徴と情報システムの関係
IFRSが現行の日本の会計基準と異なる点は多数ある。IFRSの主要な3つの特徴と,それらが情報システム,さらに経営や業務にどんなインパクトを与えるかを簡単に見ていこう。
(1)原則主義の採用
日本の会計基準は,詳細な数値基準を定めて一律的・画一的に会計処理方法を定める「規則主義(細則主義)」に基づく。これに対し,IFRSは詳細なガイダンスや数値基準がほとんどなく,原則的な基準だけを示した「原則主義」を採用している。
原則主義のもとでは,各企業は自社のビジネスの状況や関連する経済的な事象を把握し,実態に合わせて適切な会計処理を自ら判断していく必要がある。IFRSを適用する場合には,基準の設定目的とその内容を十分に理解したうえで個々のケースを慎重に検討し,適用する会計方針を決定しなければならない。
またIFRSは,同一環境下で行われた同一の取引については原則として統一すると規定している。グループ各社が個別に会計システムを利用している場合でも,同種の取引に対しては処理を統一しなければならない。
このため,既存システムの処理方法やデータの精度を変更するためにシステムを改変したり,新システムを導入することが必要になる可能性が出てくる。同時に,高度な会計的判断ができる知識と経験を備えた人材の育成も急務となる。
(2)事業別セグメント情報の開示
IFRSはこれまで,個々の製品やサービスの「事業別セグメント」と「地域別セグメント」の一方を主たるセグメント報告様式,もう一方を従たるセグメント報告様式として開示することを要請していた。2009年1月1日以降に開始する年度からは,経営者の意思決定と同じ視点でセグメントを区分し,財務情報を開示する方法を採用している。これをマネジメント・アプローチと呼ぶ。
マネジメント・アプローチによるセグメント情報の開示は,経営者による管理体系と業績評価の視点を市場に対して説明することを意味する。各セグメントの責任者は今までの内部管理用の説明責任だけでなく,担当するセグメントについて対外的な説明責任も負うようになる。
マネジメント・アプローチの採用は,情報システムによるデータの収集方法にも影響を及ぼすとみられる。財務諸表の勘定科目単位でデータを収集するだけでは,企業の組織構造や内部報告体系を反映したセグメント情報の作成は難しい。内部報告体系の変化など企業の管理会計体系の変更を適切に反映した形でデータを収集できることが望ましい。
そのために,データの色づけや入力,格納,集計などの方法を再検討し,必要に応じて情報システムを再構築する必要が出てくる。マネジメント・アプローチについては連載の第4回で説明する。
(3)公正価値評価と包括利益の導入
IFRSは経済的実質を重視するという考え方のもと,資産の評価に広範にわたる公正価値評価(時価評価)を導入している。例えばIFRSでは,建物などの有形固定資産や知的資産などの無形資産を再評価する方法を認めている。
日本基準が採用している,取得原価により評価する方法も認められている。その場合でも,時価情報の注記による開示が求められる。個々の資産の時価を適時・適切に把握するために,企業が保有する資産などの個別管理がより重要となる。
一方,損益計算については,IFRSは従来の当期純利益の下に,為替換算調整勘定やその他有価証券評価差額などを含む「その他包括利益」という項目を追加し,最終的に「包括利益」として示している。
日本の会計基準では,企業業績を示す計算書として損益計算書がある。ここでは最終損益として「当期純利益」を表示しており,「包括利益」の開示は要求されていない。IFRS対応により,為替や株価の変動といった企業の外部要因による価値の変動が,企業活動の結果として反映されることになる。
特に資産の保有による利得が「その他包括利益」として開示されることは,実務的に影響が大きいだろう。多額の保有利得が生じている資産を売却して当期の利益を増加させる処理,いわゆる「益出し」の意味が無くなることを意味する。資産の保有に伴う利得分は,当期純利益までの計算に含まれなくても,包括利益の計算過程で表示されることになり,売却以前の段階で開示するからである。
このような時価会計への対応としては,時価に関する情報を適時に収集可能な情報システムと仕組みが必要になる。詳細は連載の第5回で触れる。
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次回以降は,IFRS導入が企業の情報システムに与えるインパクトに焦点をあてて,対応が必要となる主要な分野について解説していく。
池田 将光(いけだ まさみつ)
アビームコンサルティング
プロセス&テクノロジー事業部FMCセクター
IFRS Initiative事務局 シニアコンサルタント
After J-SOX研究会会員
大学卒業後,大手日系自動車メーカーおよびファスニング製造会社の経理部で,単体・連結決算業務,グローバル管理会計業務,決算早期化,IAS対応などを担当。2005年2月より現職。単体・連結決算早期化,連結業務改革,連結システム導入,J-SOX対応プロジェクト,地方公共団体における内部統制研究会などのコンサルティングを担当。現在はIFRS Initiative事務局として,IFRS対応に携わる。
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[2009/06/10]
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