第1回 なぜ国際的な会計基準が必要なのか
アビームコンサルティング
製造・流通統括事業部 執行役員 プリンシパル
IFRS Initiative リーダー 公認会計士
藤田 和弘
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090209/324467/
2000年に連結会計基準など新たな会計基準が導入された際,「会計ビッグバン」と言われました。当時その影響の大きさから,対応に苦労した経験をお持ちの方も多いはずです。
会計制度の変化は,会計ビッグバン以降も続いています。退職給付会計,減損会計,金融商品会計,四半期決算の導入,そしてこの数年は内部統制監査,いわゆるJ-SOX(日本版SOX法)対応が大きなテーマをなっています。J-SOXへの取り組みには,これまで会計の分野,特に会計監査と接点がなかった方でさえも,多くの時間と労力を費やしています。
ここにもう一つ,会計上の大きな変化が到来しようとしています。それが「国際会計基準(IFRS)」です。
IFRSに対する注目度合いは日増しに高まっています。会計・経理業務に日ごろ携わっている人でなくても,新聞や雑誌の記事を通じて,グローバル・スタンダードの新たな波がまた一つ押し寄せていると実感し始めているのではないでしょうか。
こんなことを言うと,「会計関連の基準や規則の変更がまだ続くのか。今度はどんな対応をすれば良いのか」「また時間とコストをかけて,いったいどんなメリットがあるのか」といった,疑問がきっと出てくるでしょう。
この連載では,会計や経理の専門家というよりも,現場で業務を担当している方に向けて,IFRSの概要に加えて,そもそも会計基準とは何か,なぜ国際的な会計基準が必要なのか,情報システムへの影響などを,できるだけ平易に解説したいと思います。
会計制度の変化に臨むにはまず,その背景を大まかにでも知っておくことが不可欠です。そうしないと,「今度,会計基準が変わったのでこれまでのやり方を変えてほしい」「追加でこれだけの情報をいつまでに提出してほしい」といった突然の要求に対して,意義も理由も理解せずに対応することの繰り返しになってしまいます。この連載で上記の疑問に少しでも答えることができればと考えています。
今回は第1回なので,そもそも会計基準とは何か,そしてなぜ国際的に通用する会計基準が必要かを解説します。
ちなみに,IFRSの訳語としては「国際財務報告基準」「国際会計基準」などがあり,本来,前者のほうが正しい訳語といえます。より正確に言えば,IFRS(International Financial Reporting Standard)は「国際財務報告基準書」で,IFRSs(International Financial Reporting Standards)が「国際財務報告基準」です。IFRSsは,IFRSsの前身に当たるIAS(Intrenational Accounting Standards:これが本来の「国際会計基準」に当たります),IFRS,さらに解釈指針書などを合わせた基準の総称を指します。
話がややこしくなり,現状では金融庁の文書を含めてIFRSを国際会計基準と呼ぶ場合が多いことから,この連載でもIFRS=国際会計基準として話を進めていきます。
会計基準は企業の財政状態を伝える「ものさし」
そもそも会計基準とは何でしょうか。一口に言えば,「企業が活動した結果を数字(金額)で分かるようにするための尺度」となるでしょう。役割としては,株主・投資家や債権者,取引先をはじめとするステークホルダー(利害関係者)に対して,企業の財政状態を正しく伝えるための「ものさし」,あるいは企業の実態を映し出す「鏡」であるとよく言われます(図1)。
図1●会計基準は企業の実態を映し出す「鏡」!?
企業がこの尺度を継続的に適用していれば,その会社の業績を時系列で比較できます。もしも,その尺度が1社だけでなく,共通のものとして広く使われていれば,会社間の業績を比較することが格段に容易になります。一方で,同じ会社の同じ期間の業績であっても,適用する尺度すなわち会計基準が異なると,結果が全く異なることが起こりうるのです。
例を挙げましょう。図2は,ある日系多国籍企業の2008年3月期の決算書です。同社の連結ベースでの当期純利益は数千億円でした。ところが,同時に数千億円の当期純損失でもあります。いったい,どういうことでしょうか?
図2●ある日系多国籍企業における連結損益計算書の例
この違いは,会計基準の違いによるものです。前者は日本の会計基準,後者は米国会計基準に基づいて行った決算の結果です。
両者に違いが生じたのは,合併に際して発生したのれんとその減損損失に対する考え方が異なるからです。減損損失とは,資産の収益性が低下して投資額の回収が見込めなくなった場合の価値の下落分のことです。
米国基準ではのれんとその減損損失を計上することを定めています。ところが日本の現行会計基準では,計上が求められていません。これが数千億円もの違いにつながったのです。
グローバルの時代に求められる「万国共通の基準」
では,日本の基準と米国の基準のどちらが企業の実態を的確に表しているのでしょう。どちらの情報を信じて意思決定すべきでしょうか。情報を利用する側からすれば,判断に迷ってしまいます。
少し前の話ですが,1999年3月期から2004年3月期まで英文で作成された財務諸表の監査報告書にはこんな記述がありました。「この財務諸表は日本の会計基準で作成されており,また,監査も日本の監査基準で行われている」。
これは欧米の大手監査法人(ビッグ4)が付けた警句(レジェンド)です。先進国の中で唯一日本基準に対してだけ,こうした警句を付けていました。財務諸表が米国会計基準やIFRSでなく,日本固有の会計基準に基づいて作成されていることを,日本国外の利用者に注意喚起する必要がある。ビッグ4はこう考えていたようです。世界経済で日本の存在は大きいにもかかわらず,会計基準の充実度や成熟度は国際的に見ると遅れている。こうした印象を国内外に与える結果となりました。
このころと比べても,企業の事業展開はよりグローバル化し,国境を越えた投資活動が活発化する一方です。企業の資金調達活動もグローバル化が加速しています。この時代に世界の投資家が必要としているのは,「万国共通の基準」です。
財務情報を作成する上で基礎となる会計基準が国際的に統一され,万国共通のものさしとなれば,投資対象を横並びに比較できるようになります。もう日本の基準と米国の基準のどちらで意思決定すべきか,悩む必要はなくなるわけです。結果としてグローバルな投資活動に弾みがつき,企業活動のグローバルな成長を後押しすることにつながるでしょう。
しかし,万国共通の会計基準を作るのは容易ではありません。会計基準は各国に固有の税制,各種規則,会計慣行,商慣習などの影響を強く受けています。統一化しようとすると,数え切れないほどの課題や壁が立ちはだかります。
この難題に果敢にチャレンジしている組織があります。EU諸国から参加したメンバーが主導的な役割を果たす国際会計基準審議会(IASB)です。このIASBが万国共通の会計基準を目指し,世界をリードする形で作成しているのがIFRSなのです。不可能と思われたヨーロッパ諸国の統合を実現した知恵が,ここでも生かされているのかもしれません。
日米もIFRSの「適用」に向け動き出す
EUがIFRSの前身であるIASの導入を決めたのは2002年のことです。その後,2003~4年にかけて,EU域内で資金調達を行う第三国の企業,例えばEU域内を本拠としない日本企業などに対しても,IFRSまたは同等の基準の適用を義務付けていきました。これがIFRSが世界的な基準となるきっかけとなりました。
2005年からは,EU域内を本拠とするすべての上場企業(対象は約7000社)に対し,IFRSに準拠した連結財務諸表の作成を義務付けました。現在では,IFRSを自国の会計基準として採用した,または将来的に採用することを表明した国は,EU諸国に加えオーストラリア,カナダ,韓国,インド,ブラジルなど世界100カ国以上に上っています。こうしてIFRSは名実ともにグローバル・スタンダードとしての地歩を固めてきたのです(図3)。
図3●IFRSに対する日・欧・米の動き
欧州に遅れる形で,米国と日本もIFRSの採用に向けて動き始めています。米国は2002年10月から米国会計基準とIFRSの統合化を推し進めることをIASBと合意し,共同プロジェクトを進めていますが,つい最近まで,IFRSとは一定の距離を保ち,導入について慎重な姿勢を崩しませんでした。
ところが2008年11月に,米国証券取引委員会(SEC)が2014年度からの段階的な適用を念頭に,米国の国内上場企業にIFRSの使用を義務付けるかどうかを2011年に決めると公表しました。将来における決定という不確定要素を残しながらも,米国のこの方針転換は日本も一種の驚きを持って受け止めました。
日本では2001年7月に,民間の組織として会計基準の設定主体となる企業会計基準委員会(ASBJ)が設立されました。以来,従来の官主導ではなくASBJが主導する形で,日本の会計基準とIFRSとの差異をできるだけ縮小するための活動を進めています。ASBJはIASBに人的・資金的な貢献もしており,緊密なコミュニケーションを図っています。
2007年8月にはIASBと会計基準の全面共通化について合意。2011年6月末までにIFRSとの差異を解消することになりました。これをコンバージェンス(収れん)と呼びます。
コンバージェンスのためには当然,基準そのものの理論的・実務的な検証が必要です。加えて,コンセンサスの醸成や基準を受け入れる企業の体制整備も進めなければいけません。そこでコンバージェンスを完了する時期に応じて,短期プロジェクトと長期プロジェクトに分け,差異解消に向けた取り組みを進めています。IFRSの具体的な内容については,次回以降で説明します。
このコンバージェンスと同時並行する形で,IFRSそのものを自国の基準として取り入れる適用(アダプション)もより具体的になってきました。アダプションについては,会社法,税法などとの調整が必要な個別財務諸表よりも,まず財務情報の開示に力点を置き,上場企業の連結財務諸表から先行して,2010年3月期決算から任意にIFRSの選択適用を認める方向性が示されています。
強制適用となるタイミングについても,2012年をメドに最終判断する案が示されました。最大の資本市場を持つ米国での適用状況によっては,グローバルでのIFRSの勢力図は一変します。前述した米国の2014年からの段階的強制適用というスピード感も考慮に入れつつ,日本もより具体的なロードマップを決定していくことになるでしょう。
世界各地の金融・資本市場はその魅力度を高めて,グローバルに駆け巡る資金の呼び込み合戦を展開しています。昨今の金融危機で少々熱が冷めているかもしれませんが,成長のスピードと潜在能力で台頭著しい新興国市場も強力なライバルに進化しています。
こうした状況のなか,公正かつ透明で信頼性の高い市場の確立と維持は市場運営の必要条件かつ生命線です。会計基準は,資本市場の重要かつ基本的なインフラです。グローバルに認知されていないローカルな会計基準を前提として成り立った市場では早晩グローバルな投資家層から見放され,資金が引き上げられたり,素通りすることにつながりかねません。
日本の製造業の海外生産比率が平均で3割を超え,日本の資本市場における投資金額も約3割は外国人投資家によるものです。IFRSはもう海の向こうの話ではありません。「今そこにある課題」として日本企業が取り組む段階に入っているのです。
藤田 和弘(ふじた かずひろ)
アビームコンサルティング
製造・流通統括事業部 執行役員 プリンシパル
IFRS Initiative リーダー 公認会計士
1990年監査法人トーマツ入所後,法定監査,公開準備支援に従事。98年アビームコンサルティング(当時のデロイト・トーマツ・コンサルティング)に移籍後,連結グループ管理・業績管理システムの設計・構築,業務改善,M&A,フィナンシャル・アドバイザリ業務,J-SOX,IFRS導入支援業務に従事。2001年から2007年まで米国ニューヨーク事務所駐在。慶應義塾大学経済学部卒業。ペンシルバニア大学ウオートン・スクール EDP修了。
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[2009/02/12
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