慣例人事の中でCIOを埋没させてはならない
昨年7月の「サバイバル方程式」で、「専任型CIOを設置した企業の方が、意思決定の迅速化など経営面で優れている」というテーマを扱った。しかし、そのときは問題提起が主だったので、ここで改めて「専任型」CIOの必要性について、混迷する現場の実態を見ながら検討してみよう。何かと危機が叫ばれる中、ITで行う企業改革について考える上で重要な意味を持つと思う。
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0901/16/news079.html
某中堅企業A社のCIO職は、常務取締役総務部長が兼務していた。歴代の総務部担当役員が、情報システム部(以下、情シ)を管掌するという慣例だった。総務部長は抵抗もなく兼務の辞令を受けていたが、そもそも総務部長になる人材のキャリアから言って、ITに対する知識も経験も関心も全くなかった。それでも前任のB総務部長はITに若干の関心があったようで、2~3カ月に1回だが情シの部屋をぶらりと訪ねて、部員と談笑をしていた。IT投資伺い書をトップに説明するときは、情シ部長に説明をさせ、自分は一切発言しなかったが、常にかたわらに付き添っていた。ただそれだけのことで、IT戦略を練るわけでもなければ、役員会に業務改革を提案するわけでもなかった。それでも、たまに情シの部屋を覗くことは、少なくとも情シ構成員のモラールに好影響を与えた。
しかし、現任のC常務取締役総務部長はITに対する関心は全くない。情シの構成員と接触しようという気持ちもなければ、IT投資伺い書のトップへの説明は情シ部長に任せっぱなし、情シ部長が何か相談に行ってもわずらわしそうに対応するので、両者の間はほぼ断絶状態だ。IT戦略などあろうはずがない。
いずれの場合も、CIO職が全く機能していない。この場合は典型的な例だが、「兼務」という場合は、本質的に同じようなものである。
また某大企業D社で、CIOに任命されていたE情シ本部長はCIO専任ということになっていたが、企画室長も兼務しており、しかも準役員(社内役員扱い)だった。
従って、Eは企画室の業務を副室長にほとんど任せていたとはいえ若干手はとられたし、役員ではないので役員会に出席はできなかった。専任CIOとは言われながら、社内におけるその存在感は軽かった。J-SOX法に対応する場合も、Eは社内の根回しに奔走したが、トップの真の理解は得られなかったし、周囲の協力も得られなかった。プロジェクト遅々として進まず、Eが社内を駆け回っているうちに半年が過ぎて何も起こらなかった。Eは、とうとう経理担当役員に泣きついて協力を求めた。ここで、はじめて事態が動き出した。
単に業務の省人化だ、効率化だと言ってIT導入を画策しているうちは、兼務のCIOでも、非力な準専任CIOでもさほど問題ではなかったが、J-SOX法への対応や、全体最適化・企業資産の最大化・価値の創造など高度な目標に挑戦するためにITを活用するとなると、問題が表面化してくる。A社のように時代にそぐわない自社の慣例人事の中でCIOを埋没させていては、ITを機能させることは難しい。
兼任ではとても消化しきれない課題山積
さて、CIOが設置されているか否か、専任CIOであるか否かで、企業経営に差が出てくることを、7月に続いてもう一度簡単に振り返ってみる。
全社レベルの迅速な意思決定が実現できる企業の割合は、CIOを設置している場合は78.8%、設置していない場合は57.2%という調査結果が出ている(経済産業省「情報処理実態調査」 調査対象9500社、2006.3.31.)。同じ調査で、専任CIO設置企業の方が、兼任CIO設置企業よりも意思決定の迅速化ができているという結果も出ている。
特に近年、経済のグローバル化で経営環境は激変し、企業はそれに迅速に対応することが求められ、IT技術も急速に進歩するので、俊敏にして適切な対応が求められる。従ってITに関する業務について、広範囲で高度な戦略や意思決定が必要となる。加えて、J-SOX法への対応で企業グループ全体として取り組む必要がある。そういう状況下で、IT投資額に対する評価は厳しくなり、取り組むテーマも戦略性を増し、周囲の動員の規模も社外を含めて大きくなる。まさに、CIOの任務が益々重要性を増し、CIOの力が試される。しかも兼任ではとても消化できないところまで来ている。
ところが、CIO設置企業の割合が40%前後、専任CIOの設置企業に至っては10%に満たないという結果が、上記の同じ調査で出ている。しかも、日本の場合は業務の70%以上CIO関連業務に従事していれば「専任」とみなされると言うので、本当の意味の専任CIO設置企業は数%に過ぎないだろう。米国ではCIOの専任が当たり前で、CIOがプロフェッショナルとして認識され、CIO労働市場も確立しているが、日本の場合は未成熟であり、由々しき問題である。さらに、そのことが問題として捉えられていないところが一層問題であると言える。
前述のA社にしてもD社にしても特殊な例ではなく、兼任で非力なCIOがいかに問題であるかという日本の実情を象徴的に表している。
兼任では、A社のBにしてもCにしても本業の総務部長職が重点になって、CIO職はあくまでも「慣例としてやれと言われているからやる」というおまけのような認識である。Bの個人的な善意や人情には少し救われるが、CIOとしては何の役にも立たない。
またD社のEの場合は専任CIOとは名ばかり、その存在の軽さは社内で見抜かれている。
兼任CIOは、意味をなさない。しかも、兼任者の個人的な「善意」に頼っても何の役にも立たない。まして形だけの兼任は論外だ。
専任CIOにしても、100%の専任でなく、そのうえ力不足の人材が専任に当てがえられては、ITにダメージを与えるだけである。
そろそろ日本も、CIOを専任とし、CEOに直言でき、しかもCEOから信頼される人材を当てなければならない。それは、誰もどうすることもできない。トップに目覚めてもらうしかない。
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